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静岡地方裁判所 昭和34年(行)13号 判決 1960年3月18日

原告 金義忠

被告 静岡刑務所長

主文

本件各訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和三十四年八月十日原告に対してなした叱責及び処遇の階級低下の各処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

「(一) 原告は昭和三十三年一月二十七日から三年三月の懲役刑(未決通算三百九十一日、満期日昭和三十五年三月三十一日、順序変更による刑の執行停止二カ月)を服役しており、昭和三十三年十二月二十四日静岡刑務所に移送され、昭和三十四年三月十日処遇第三級に進級、同年七月十七日、最年少であるのに、第七工場第一列の責任者に指名されたが、被告は同年八月十日、原告が同月六日受刑者である訴外飯野一郎及び斎藤和夫とけんかしたとして、原告に対し叱責の懲罰処分及び処遇を四級に低下する処分を、飯野に対し軽屏禁七日の懲罰処分及び右同様の階級低下処分を、斎藤に対し訓戒の懲罰処分をし、飯野は同年九月十六日、斎藤は同年八月二十一日いずれも満期出所した。

(二) しかしながら、原告はただ一方的にののしられ、暴行を受けただけで、けんかの相手になつたことはないのであるから、右各処分は違法であり、仮に、右訴外人らに規律を乱させたことに原告に責任があつたとしても、右各処分は著しく不公平である。すなわち、右訴外人らは、同年七月末ごろ原告が喫煙を拒絶したことからら、原告に反感を持つようになり、ことごとに挑発的な態度に出ていたが、同年八月六日作業中、テレビ包装用紙袋の原紙が入荷したので、原告がこれを積みに行き、同僚に手伝つてもらおうとしたところ、飯野、斎藤らの仲間の一人がこれを阻止したので一人骨を折つてこれを片付け終つたところ、担当職員が、紙袋の寸法は四八×四六であり、前のと同じである旨を告げて行つた。すると、飯野は、原告が骨を折つているのを見て皆が笑つている中を、意味ありげなあざ笑いを浮かべながら、原告の前へきて、「責任さん、四八×四六ですす」と言い、これに対し原告が「からかうのはよしてくれ」と言うと、さらに「からかう?わからねえから言つたんだ。おれには責任がねえから、わからねえんだ」と言い、原告が「自分の仕事ぢやないか、わからないはずはないだろう」と言うと、「何をこの野郎、ぶち殺すぞ」と言つて、血相を変え、棒を振り上げたので、原告は、担当職員に促されて、逃げ出したが、飯野が職員に連行されて行つてしまうと、斎藤がうしろからきて、突然原告の腰を強くけり上げ、「てめえのために飯野が独居へ持つてかれた。なんとか言つてやれ」と大声で騒ぎ立てたので、原告は斎藤と共に連行されたのである。従つて、原告にはなんら責任なく、仮に責任ありとしても、飯野、斎藤は満期出所直前で、前記各処分によりほとんど痛ようを感じないのに対し、原告は、同僚との折合その他平素の行状もよく、すでに二級に進級する時期にきていたのに、進級できなくなり、かつ、仮釈放の恩典に浴する機会も失うことになるから、実質的に考えると、本件処分は著しく不公平である。よつて、本件処分の取消を求めるため、本訴に及ぶ」

と述べ、被告主張の原級復帰の事実を認めた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として

「本件各処分はいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分ではないし、またその取消を求める利益もない。すなわち、叱責は単なる事実行為であり、これによつて原告の権利義務ないし法律上の地位になんらの変動をきたすものではなく、仮にそうでないとしても、処分と同時にその執行を終り、現在においては抗告訴訟により回復すべきなにものもなくなつており、また、本件各処分はいずれも特別権力関係内部における秩序維持のための措置であつて、原告の市民的権利義務には関係がないから、抗告訴訟の対象となり得ないものであり、なお、本件各処分により原告は仮釈放の適用から除外されることはないのであるから、この点からはその取消を求める利益はなく、さらに原告は昭和三十五年二月二十日原級である三級に復帰したから、この点からも、階級低下処分の取消を求める利益はない」

と述べ、

本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」と判決を求め、答弁として

「原告主張事実中(一)の事実は認めるが、(二)の事実は争う。

原告はその主張の日に第七工場でテレビの紙箱はりをしていたところ、飯野が原告に対し「担当さんが言つたが、今日のテレビは四八×四六だ」と意味ありげな意地の悪い言い方をしたので、原告はむつとなり、「そんなことが長い間やつていてわからないのか」と言い返した。この原告の言葉をいかにも人を馬鹿にしたように感じた飯野はかつとなつて、附近にあつた定規棒をとつて原告になぐりかかろうとしたところを担当職員に制せられれ、直ちに工場外に連れ出された。この状況を見ていた斎藤は原告に対し「今の内に担当職員にあやまつて、飯野を許してもらうよう何か言つたらどうだ」と言つて、原告の腰のあたりを軽くけつたが、職員の制止によつて大事に至らなかつた。

被告は右事案について慎重に調査した結果、右は原告が飯野の言葉に反ぱつを感じて言い返したことから起つたものであり、紀律違反の事実について原告もまた責任を負うべきものと認めたので、懲罰準備会、刑務官会議にはかり、監獄法第五十九条、第六十条第一項一号により叱責の懲罰に処したのである。また、累進準備会においては、原告の日ごろの行状同囚に対して不そんな態度や意地悪をするため、同囚との折合が悪かつたこと等を考慮に入れ、階級を低下すべき旨を決議したので、これを刑務官会議にはかつたところ、異議がなかつたので、被告は原告に対し階級低下の処分をしたものである。なお、飯野に対しては軽屏禁七日の外に七日間文書図画の閲読禁止、作業不課の懲罰処分がなされ、斎藤に対しては、改しゆんの情が顕著で、日ごろの行状もよく、残刑わずか十一日に過ぎない点を考慮して特に訓戒の懲戒処分がなされたのである。従つて、本件各処分は公平妥当であり、原告の請求は失当である」

と述べた。

(立証省略)

理由

まず、被告の本案前の抗弁について判断する。被告は、本件各処分が抗告訴訟の対象となり得ない旨主張するけれども、叱責処分は通常叱責を課すという処分者の意思決定の通知とその処分の内容である叱責をするという事実行為とが同時になされ、処分後になんら権利義務その他の法律関係の変動が残らないから、その全体が一個の事実行為のように見えるが、該意思決定の通知により被処分者に叱責を受忍すべき義務が発生し、叱責という事実行為の終了によりその義務が履行され、消滅するに過ぎないものというべきであるから、処分自体は事実行為ではなく、また、その執行の終了によりなんらその法律効果が残らないからといつて、処分自体がなされなかつたことになるわけではないから、執行の終了により訴訟の対象たる処分が消滅してしまつたというのは失当であり、さらに、特別権力関係内部の行為であつても、それが個人の権利義務その他の法律関係に変動を生じさせるものである限り、それに関する訴権が任意に放棄されない以上、訴の対象となるものと解するのが相当であるが、受刑者は強制的に特別権力関係の中に入れられたものであり、刑務所内の生活が直ちにその個人の生活であるから、本件各処分が原告の権利義務その他の法律関係に変動を生じさせたことは明白であつて、これが抗告訴訟の対象となりうることは明らかであるから、被告のこの抗弁は理由がない。

次に、訴の利益の点について審理すると、前記のように叱責処分はその処分がなされると同時にその内容である叱責という事実行為もなされてしまうのが通常であるから、該処分により発生した法律効果である叱責を受忍すべき義務も処分がなされると同時に消滅するものというべく、その外に叱責処分のなされたことにより権利義務その他の法律関係に変動が生ずることは認められないから、その取消を求める利益は存しないものといわざるを得ない。また、階級低下処分が取消されれば、原告は該処分の日から引続いて三級にとどまつていたことになるけれども、一定の期間同一階級にとどまつていたことにより、当然進級する地位を取得する等、特別の法律上の利益を受けうることは認められないから、該処分の取消により受けうる法律上の利益は結局原級復帰以外には存しないものと解するのが相当であるが、原告が被告主張の日に原級に復帰したことは当事者間に争がないから、右処分の取消を求める利益は消滅したものと解せざるを得ない。

よつて、本件各訴は不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 大島斐雄 田嶋重徳 半谷恭一)

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